『一角札の冒険』の翻訳を終えて (2015.7.17) 
訳者/小室あかねさん
 

 この度、昨年から翻訳に取り組んだ豊子愷の作品「一角札の冒険」が出版されることになりましたが、正直なところまだ実感が湧きません。数か月に及ぶ翻訳の作業は実は夢だったのではないかと思うほどです。
 昨年、日中翻訳学院が主催する武吉塾を受講したことをきっかけに、初めて一冊の本を翻訳するチャンスをいただきました。これまでの仕事は、主に日本語から中国語への翻訳や、業務上のやり取り等、ビジネスや産業方面の翻訳やチェッカーが中心でした。そのため、文学作品の翻訳は未知の世界でした。それも児童文学作品です。大人だけではなく子供が読んでも理解できる翻訳とはどんなものなのか、まさに手探りの状態で始めることになりました。幸いにも、我が家には子供達の本がたくさんあり、その中でも外国人が原作の本を片っ端から読み直しました。難しすぎず、簡単すぎない訳文。物語の背景にある外国の文化がどのように表現されているのか等、考えることはたくさんありましたが、まずは作者である豊子愷について知ろうと思い、西槇偉(にしまき  いさむ)氏の著書『中国文人画家の近代―豊子愷の西洋美術受容と日本』を手に取りました。主に画家としての豊子愷にスポットを当てた内容でしたが、日本留学の経歴や竹久夢二から受けた影響、また子供や庶民の労働の風景を描いた作品を多く残していること等を知ることができました。そこから「高尚な文学作家」ではなく「市井の人々への温かい眼差しを持った作家」というイメージが湧いたので、時代背景をできるだけ壊さないように、分かりやすい文章に翻訳しようと決意しました。それでも、原作から読み取れる「ユーモア」や「当時の社会や大人たちへの皮肉」等をうまく翻訳できたかどうかは、正直、今でも自信がありません。
 翻訳の作業についていえば、私の場合、毎週一回締め切りがある仕事を継続しながらの作業だったので、週4日を通常業務、残りの3日を本の翻訳の時間に充てました。全く異なる分野の作業だったので、頭の中を切り換えるために、敢えて時間を分けて翻訳を進めました。この時に一番苦労したのは、自分一人だけで何度も読み直していると、間違っている箇所に気づきにくくなることです。何度も読んでいるうちに、直したつもりが修正されていなかったり、一文飛ばして読んで話がつながらなくなったりしていることに、気づかなかったりするのです。私の場合は友人に読んでもらうことで、日本語の不自然な点やミスを指摘してもらい、うまくカバーすることができました。
   原稿を提出した後からは、段編集長、張社長、西村さんを中心とした事務局の編集の皆さまにも大変ご迷惑をおかけしました。初めての出版翻訳で、右も左もわからない私に原稿の書き方等をいろいろとご指導いただき、私の稚拙な文章のせいで多大なご迷惑おかけしたかと思うと申し訳ない思いでいっぱいです。忍耐強く出版まで見守っていただいたことに感謝します。
 また、今回翻訳の機会を得られたのは武吉塾に出会い、武吉先生にご指導していただいたおかげでもあります。先生から「好!」という評価をもらおうと学生時代以来の必死さで勉強をがんばることができました。仕事にかまけて基本を見直すきっかけを失っていた私にとって、先生のご指導には感謝の念が尽きません。日中翻訳学院の皆さま、本当にありがとうございます。
 フリーランスで仕事をしている者にとって、特にビジネス、産業翻訳を中心に仕事をしていると自分の仕事がどのような形で活かされているのかが分かりません。翻訳者はあくまでも「シャドウ(影)」だからです。その上、守秘義務や機密保持義務も重なって、自分の家族にも一体何をしているのか分かりにくいのが翻訳の仕事だと思います。今回、豊子愷の作品を翻訳する機会をいただいて一番うれしかったことは、自分の家族に堂々と自分の仕事の成果を見せることができることです。「毎日パソコンの前でウンウン唸って何かしている」のではなく、「一つの作品を皆に届けるための仕事をしている」ということを家族に理解してもらえたからです。一冊の本を翻訳するということにプレッシャーもありましたが、今後も「シャドウ(影)」でありながら、時々は表に顔を出せる「出版翻訳」に携われるよう、より一層精進していきたいと思います。
 最後になりましたが、ここまで支えてきてくれた全ての皆さんに心から感謝します。

 ありがとうございました。

 


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