『大国の責任とは』経験談 (2014.8.2) 
訳者/本田朋子さん
 

 今回『大国の責任とは』を翻訳させていただいた本田と申します。体験談ということで、今回どのようにこの本に取り組んできたか、僭越ながら発表させていただきます。よろしくお願いいたします。

 まず、ずっとご指導いただいている武吉先生、そして私のような新人に一冊の本を任せていただいた段編集長、張社長、編集の小林さんにこの場を借りて改めてお礼申し上げます。

 私が担当した本を紹介します。タイトルは『大国の責任とは 中国平和発展への道のり』。著者の国際関係学者の金燦栄教授が国際情勢の中で様々な立場を持つ中国が国際責任をどう捉え、どのように実行しているのかなどを、実例を挙げて体系的に紹介している、といった内容になっています。

 去年の今頃のスクーリングでこの本の原書をいただきました。ざっと目を通したところ、本も薄く字も大きかったので、頑張れば私にもできるかもしれないという気持ちもありつつ、いつも課題を提出しては赤線をいっぱい引かれて「好(ハオ)」がなかなかもらえないような私がやっていいものかと悩みましたが、「熟能生巧(習うより慣れよ)」で思い切ってチャレンジすることにしました。

 本一冊に取り掛かるにあたって、初めての経験なので、どうやって進めていけばいいか全体像がつかめませんでしたが、最初に私がやったことは計画を細かく立てることと環境を整えることでした。この本は14万文字あるそうなのですが、こんなに多い文字数を集中して翻訳することは初めてだったので、のんびり屋の私にとってはしっかりと進捗状況を常に把握していくことが大事だろうと思いました。

  原稿を提出する締め切りは幸いにも編集部から指定されていなかったので、できるかできないかは別として、自分なりに半年ぐらいで提出すると決め、逆算して一日何ページずつ作業していけばいいかを手帳に書き込みました。だいたい一日に武吉塾の課題を4回分ぐらいの分量をやっていくような感覚になり、私にとってはなかなか厳しいスケジュールになりました。

 また、私は平日会社勤めをしており、休みの日を中心に作業することになるのですが、翻訳に使える時間が限られているので、なるべく隙間時間などにも作業できるよう持ち運びできるワープロとタブレットパソコンを買いました。これでいつでも調べものと文字打ちができるようになって効率が上がったと思います。

 そして翻訳に取り掛かり始めたのですが、とにかく知らない事柄や単語だらけで、思った以上に訳が進まず焦りました。この本は主に国際関係や外交などのことが書いてあり、国際組織や条約、国名、地名、外国人の名前がいろいろ出てきます。マイナーな固有名詞も出てきますし、文章のテーマも目まぐるしく変わります。そういうものを一つずつ確認していくことは本当に骨が折れる作業でした。文章を訳すというよりは、膨大な中国語の単語を日本語の単語に置き換えることだけで正直精一杯でした。そのため、後で自分が訳した文を読んでみると、文章としては成り立っていない部分も多く、取り組み初めてから「本当に訳を完成させることができるのだろうか」といつも不安な気持ちでした。

 また、原文を正しく理解するには、書かれていることへの背景知識が不可欠であることを痛感しました。この本の内容で言えば、国連の成り立ち、PKO派遣、核軍縮、論語、国際金融危機などが出て来ましたが、それぞれに専門用語があり、これらについては本を読んだりインターネットで資料を集めたりして、自分なりに咀嚼した上で取り組みました。日本語の説明を見ても理解が難しいところもあって、無い袖は振れません。普段からのいろんな知識の積み重ねが大事であることを実感しました。いろいろなことに好奇心を持ち、日頃から雑学、教養を身に着けておくべきだという武吉先生のアドバイスを身に染みて実感した次第です。

 翻訳作業を進めていくにつれて、単語の把握にも慣れてくると、今度はいかにして読者に伝わる日本語にするか、という段階になってきました。普段武吉塾でよく言われている倒訳や、つなぎ言葉、注を入れるなどのテクニックを使ってこなれた日本語を心がけましたが、それでも原文に引きずられてしまうところが多くありました(例えば…何回も出てくる主語を省略するのを忘れる、「の」が連続する、应该を~しなければならない、しなければならないと繰り返してしまう)。これを反省して、最近は新聞の記事をまるごと書き写ししてみたりしています。

 また、ほとんど訳が完成してくると、原文をよく理解しないまま訳したところが後から浮いて現れてくるという現象がでてきました。自分がなんでこんな訳をしたのだろうと後からおかしくなって笑ってしまうような間違いが出てくることも多々ありました。そんな部分は特に原文を何度も声に出して読んでみたり、キーワードになりそうな単語を一旦英語に置き換えてみたり、いろんな角度で見るようにしました。中にはわからない単語をYouTubeに入力して映像からヒントを得た、というのもありました。そうしているうちにパッとひらめきが出てきて、スムーズな訳ができたりします。

  そして8月から取り組みはじめ、3月過ぎになり、なんとか形にして私なりにもう直すところはないという段階で原稿を提出しました。しかし、ゲラの状態に焼き直されて原稿が戻って来ると、見れば見るほど間違いや直したい部分がたくさん出てきました。訳し終わってから少し時間を置いてから読み直したことと、体裁が変わって見慣れた原稿が違う形になったために、新鮮な視点で客観的に原稿を見直すことができたからだと思います。夜中に書いたラブレターを次の日すぐ渡さないほうがいいという話がありますが、確かに武吉先生もおっしゃっているように、訳し終わってから少し時間をおいて冷静になってから見直したほうがいいのだと思いました。

 原稿を提出したのでやっと翻訳から解放された、とホッとしていたら、原書の改訂版が出たので追加で翻訳してください、と編集部から改訂版の原書が送られてきました。そのため、一生懸命訳した部分がボツになったり、古い原書と新版のどこが違うのか間違い探しをしなければならなくなったり、今年はお花見に行く暇もなく締め切りに追われて翻訳をやっていました。そのうち武吉塾の第12期の宿題も始まってしまい、いろいろと重なり4月頃はかなり忙しい毎日だったことを思い出します。

 また、ゲラを校正するということも初めてで、校正記号のこともよく分かっていませんでした。それもインターネットや日本語表記ルールブックなどを参考にして見様見真似でやってみました。また、前回のスクーリングの時、『中国の未来』の翻訳者で第一回新人賞を受賞された東さんに経験談をいろいろ教えていただき原稿を見せていただいたことで作業のイメージを掴むことができ、私にとってプラスになりました。

 追加原稿の加筆もあって、ゲラが真っ赤になってしまい、編集の小林さんはきっとチェックが大変だったと思いますが、編集部とのやり取りの中でも勉強になる発見がありました。まず、私は訳文を形にすることに必死になりすぎて、句読点や記号の打ち方や、数字の表記の規則を全く気にしていなかったことです。これは小林さんにアドバイスをいただき、記者ハンドブックを参考にして修正しました。記号や数字は普段の課題の時から忘れがちだったので、やはり普段できていないことが出てしまったと思いました。

 また、地名の表記で、「寧辺」という北朝鮮の地名があり、私は漢字のまま表記していたのですが、小林さんに(ニョンビョン)とふりがなを追加していただきました。読み手の立場になって訳していれば、その漢字の地名が中国なのか日本なのか北朝鮮なのかわかるよう自然と配慮ができたと思うので、常に読む人の感覚を持ちながら訳さなければいけないということに気がつきました。このように、ただ訳すというだけでなく、最終製品である日本語として、出版翻訳では出版物としての決まりを守るということもいつも以上に重要になってくると思います。

 最後に、私は山登りが趣味で、先日も5日間北アルプスの山を登ってきたところなのですが、最近本を一冊翻訳することと登山は通ずるところがあると思っています。

 まず、下準備が大事であるということ。登山では地図やコンパス、水、雨具などしっかり用意して、歩くコースや日程、天気、現地の情報などを把握し、体力をつけておかなければ、山に登れないし命にかかわります。翻訳も同じで、普段から課題に取り組み様々な文章に慣れ、調べものをするツールを揃え、背景知識や単語を蓄えておかなければ、翻訳はほとんど前に進めません。

 次に自分が今どこにいてどれくらい目標の山に近づいているか地図をしっかり読み、常に居場所を確認していないと遭難します。翻訳も同じで、文章がどの程度進んでいるのか、原文をしっかり読み、その本を通じて著者が言おうとしている一貫した主張を捉えている必要があります。

 やっと頂上に立ったら、達成感を感じるとともに、今度は足下に注意しながら下山していかなればなりません。翻訳も同じで、原稿を提出して一息ついたあとは、ゲラ原稿を注意深くチェックしながらいままでやってきた文章を振り返らなければなりません。

 一つの山を登って下りてくると、その山の難易度や全体像がやっと把握でき、友達に写真を見せて「こんな山だったんだ」と説明できるようになるように、翻訳も訳すうちに著者の主張全体が分かってきて、推敲を重ねて日本語として形になり、それを読者に伝えることになります。

 そんな登山のように大変な翻訳ですが、最後までやり切れたモチベーションはやはり翻訳したものが形になるうれしさがあったと思います。中国に住んでいた頃、仕事が休みの日はよく書店に行きました。村上春樹の小説や日本のファッション雑誌などが翻訳されてお店に並んでいるのを見て、日本の書籍が中国で紹介されていることをうれしく思いました。今度は逆に私の訳を通じて中国の本が日本に並ぶのだと思うとやりがいを感じました。

これからも正しくて伝わる翻訳を目指して頑張っていきたいと思います。
以上で体験談の発表を終わります。ありがとうございました。

日本僑報社中国研究書店微博段躍中日報漢語角・日語角中国語報道日本語作文日中翻訳学院


会社案内 日中交流研究所 段躍中のページ : 〒171-0021 東京都豊島区西池袋3-17-15湖南会館内
TEL 03-5956-2808 FAX 03-5956-2809■E-mail info@duan.jp
広告募集中 詳しくは係まで:info2@duan.jp このウェブサイトの著作権は日本僑報社にあります。掲載された記事、写真の無断転載を禁じます。