武吉塾スクーリング経験談 (2014.2.1) 
『中国の未来』訳者/東滋子さん
 

 皆様、こんにちは。この度『中国の未来』の翻訳を担当させて頂きました、東と申します。私のような者にこのような機会を与えて下さった武吉先生と日本僑報社の段編集長には心から感謝しております。この場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。
 武吉塾では長年お世話になってきましたが、このように大きな翻訳をさせて頂くにはまだ実力不足で、出版された今でも大変恐縮しております。本屋さんでこの本が書棚に並んでいるのを目にした時には足が震えました。嬉しさではなく、恐ろしささえ感じてです。今頃武吉先生にはこの本のあちこちに赤線を付けられているのではないかとも心配しております。

 さて今日は翻訳を担当しての経験談ということですが、うまく皆様にお伝えできるかわかりませんが、皆様にもぜひこの経験をしていただきたいと思います。

 まず、原書を頂いてから本が完成するまでの流れですが、一度全体を訳し終えると、「初校」という校正をします。自分で打ったA4のワード文書が、B4 の大きさの用紙に縦書きの本を見開きに印刷したような体裁で戻ってきます。最初に見たときは「本とはこうして作られるのか」ととても感激しました。でもその感激は一瞬で消え失せます。その形になると、いろいろなところが目について、汗が出てきました。「なぜこんな訳をしていたのか」と気づかされます。「校正」といっても私の場合、ほとんどが訳の訂正でした。これを初校、再校、三校と繰り返します。訂正も多く、大変ご迷惑をかけてしまったと反省しています。最後には日本僑報社の小林さゆりさんに目を通して頂き、最終的なチェックをして頂きました。小林さんにも心より感謝しています。

 次に今回、私が翻訳を通して感じた点、三点についてお話させて頂きたいと思います。まず始めに、一般常識や雑学を身に付けるためにいつもアンテナを高くしておく必要性を感じました。例えば、この本の中に突然イタリアのサッカーチームの話が出てきます。サッカーチームのインテルミラノの優勝をメイドインチャイナの製品、ACミランの優勝をメイドインイタリアの製品に例えるくだりがありました。私は数年前のサッカーチームの優勝に関する知識がゼロに等しいだけでなく、イタリアサッカーの知識も全くありませんでした。わずか数行の話でしたが、訳しただけでは不安に思い、その背景をネットで調べているとすぐに一、二時間位費やしてしまいます。やはり政治経済に限らず、どんなジャンルでも多くの情報と知識を持っていることは強いですし、自信につながると思います。いろいろな物を見たり読んだりすることで、すべてが頭に残るわけではないでしょうが、一つでも二つでもどこかに残ってさえいれば、いつか将来、「ジグソーパズルの一片のようにピタッとはまって役立つことがあるのではないか」と思います。私のように一片も持っていないと時間も労力もかかってしまうというのが実感です。

 第二の点ですが、武吉先生も常々「新聞をよく読むように」とおっしゃっていました。私も人並みには新聞を読んでいるつもりでした。しかし、この「読む」というのはただ単に情報を得るために読むということだけではないと、今回その意味がはっきり分かった気がしました。つまり、「読む」とは「文章を書くつもりで読む」ということではないかと思いました。新聞ならば、「自分が記事を書くつもりで読む」ということでしょうか。いざ日本語を書くとなると、だんだん表記の仕方にさえ自信がなくなってくることもありました。「日本語表記ルールブック」や「朝日新聞の用語の手引き」などを見ましたが、日ごろから意識的に読むことで次第に身に着く部分も多いのではないかと思いました。

 また辞書を引いてもぴったりの言葉が見つからないというのは、皆様も武吉塾の課題文でご経験済みだと思います。いろいろな文章を読みながら、ふさわしいニュアンスの言葉を探すことになります。特に新聞の政治経済欄でどんな言葉が使われているか、自分の頭の中にその言葉がいつも自分で自由自在に使える状態にあるか、考えながら読まなくてはいけないと思いました。やはり自分で使ったことのない言葉、馴染みのない言葉は使いこなせないのではないかと思います。新聞に限らず、本、雑誌、広告など言葉に敏感になって日本語に磨きをかけること、イコール表現力を高めることだとつくづく感じました。

 三番目に何度読んでも修正箇所が出てくることです。日本語に訳してみると今度は文章の流れの中でニュアンスが気になります。例えば、政府の役人を「挿げ替える」は「首を挿げ替える」をイメージし、私の主観が入りすぎるというご指摘を受けました。また「回应民族主义的感情」という言葉を最初は何気なく「民族主義的感情に応える」と訳していたのですが、これは原文によると「民族主義」とは言い切っていないということで、結局「ナショナリズム的な感情」ということで落ち着きました。内容にもよりますが、客観的な立場で訳すという難しさがあると思います。特に国と国との関わりを書いた部分では常に真っ白な中立的な気持ちで言葉を選んでいくことの大切さを感じました。

 全体的にまとめますと、武吉先生が以前から「翻訳とは恐ろしいもので、実力はもちろん、知識も人柄もすべてさらけ出してしまう」とおっしゃっていますが、まさしくその通り。翻訳とは「厳しい」「怖い」ものだと感じました。でもさらけ出したくなくてもそうなってしまうならば、すべてさらけ出しても恥ずかしくない自分を目指したいと思うようになりました。
いろいろと脅かしてばかりのようですが、その反面「楽しい」と感じる部分があったのも事実です。もちろん、原文は自分の書いたものではありません。おこがましいかもしれませんが、内容をつめるにつれ、筆者との一体感を味わえる瞬間もあります。「どう表現すれば、筆者の思いをそのまま伝えられるのか」を考えてそのピントがピタッとあった時、お会いしたこともない筆者に「こうおっしゃりたいのですよね」と言える瞬間が時々ありました。

 ぜひ皆様にもこうした本の翻訳を経験して頂きたいと思います。得られるのは中国語の知識だけではありません。世の中を全体から客観的に見ようとする意識、苦手とする分野や興味のない分野もしっかり見ようとする意欲が湧いてきます。
またこの数か月間この本と向き合い、机を離れていても、外を歩いていても、常に「いい訳はないか、もっとぴったりの言葉があるのでは」と探している時間、ひとつのことに没頭できる時間というのは大変幸せな時間でした。

 上手くお話しできませんでしたが、今日は至らない点が多い私にこのような時間を作って下さってありがとうございました。武吉先生、段編集長ありがとうございました。

 


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